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東京地方裁判所 昭和54年(行ク)66号 決定 1980年1月17日

申立人 東京都地方労働委員会

被申立人 森産業株式会社

主文

本件申立を却下する。

理由

一  本件申立の趣旨及び理由は別紙の通りである。

二  いわゆる緊急命令(労働組合法第二七条第八項所定の決定)発付の有無は受訴裁判所の裁量に委ねられており、受訴裁判所は、当該救済命令の適否及び即時救済の必要性等の事情を勘案し、相当と認められる場合に右命令を発することができるのであるから、右の相当性について検討しなければならない。

三  本件救済命令の要旨は、株式会社微生物経済研究所(以下「微生研」という。)は、菌種の学術研究・普及及び後記森産業の販売する菌種の宣伝広告を目的とした月刊誌「きのこ」の発刊を業とする会社であり、被申立人森産業株式会社は食用茸、栽培用菌種、種駒の製造販売を業とする会社であるところ、微生研は、「きのこ」誌の刊行目的、編集、販売の実情、役員関係、経理関係の諸点から見て、森産業と極めて緊密な関係を有していただけでなく、微生研の収支は発足以来恒常的に欠損を出していたにも拘らず、森産業はこの事態を予想して年度当初の予算にも微生研に対する欠損補填金を計上し、微生研の存続を図つてきたことに注目すれば、微生研は森産業に対する関係では独立の法人格を有せず、実質上その宣伝、広告を担当する一部門であるに過ぎないものであるから、微生研が昭和五二年一月、森産業からの運営資金を断たれて業務遂行、従業員への給与支払が不能となつたことにつき、同年三月以降に微生研労働組合が森産業に対して申し入れた「森産業による昭和五二年一月以降の微生研への運営資金拠出停止の根拠について」に関する団体交渉を、森産業は、微生研労働組合の団体交渉の相手方ではないとして拒否してはならないというものである。

四  よつて按ずるに、本件で問題とされているのは、微生研労働組合、森産業間の「森産業による微生研への運営資金拠出停止の根拠」に関する団体交渉であるところ、本件救済命令書理由中「第一認定した事実四(二)運営資金拠出の停止」とある部分によれば、「森産業は、五二年一月に入ると、五一年度の微生研への支出予定額六八七〇万円の残が一五二万円になつたのにかかわらず、それに見合う「きのこ」誌の納入が見込めないとして、前年までの取扱いを変えて、予算を超過する微生研への運営資金拠出を停止した」と認定されていることが明らかである。即ち森産業の運営資金拠出停止の根拠は既に本件救済命令によつて認定されている。

微生研労働組合が求めている森産業との団体交渉の交渉事項は、運営資金拠出停止それ自体ではなく、拠出停止の「根拠」に限定されているのであるから、本件救済命令に緊急命令を発して森産業と微生研労働組合との間で右事項について団体交渉の場を設けることを命じても、既に救済命令中で認定済の事実を繰り返させるに等しいものと言うべく、ここで敢て緊急命令を発することの相当性は甚だ疑問であるとせねばならない。

要するに、微生研労働組合は、森産業による運営資金拠出停止自体ではなく、その根拠について団体交渉をすることを求め、森産業を相手取つて東京都地方労働委員会に対して本件救済を申し立てたのであるが、同委員会の審問の過程においてその根拠は既に明らかになつたのであるから、更に今ここにおいて微生研労働組合側において緊急命令を得て団体交渉の席上において前記資金拠出停止の根拠を明らかにさせなければならないとする必要性は見い出し難いし、また森産業側において右根拠は本件救済命令中に既に明らかであるとして微生研労働組合との団体交渉を拒否することも考えられるところであつて、結局ここで本件救済命令に対して緊急命令を発することの必要性も、発付された緊急命令の紛争解決に対する有効性も共に極めて疑わしいのであつて、従つて本件の場合における緊急命令の相当性は否定されるものとするほかはない。

五  以上の次第であるから、本件申立はこれを却下することとし、主文の通り決定する。

(裁判官 古館清吾 赤西芳文 西野喜一)

(別紙)

申立の趣旨

右当事者間の御庁昭和五四年(行ウ)第九九号不当労働行為救済命令取消訴訟事件の判決が確定するまで、被申立人は、申立人が都労委昭和五二年不第四九号事件の一部について発した「被申立人森産業株式会社は、申立人総評・全国一般東京地方本部微生研労働組合が昭和五二年三月二日以降申し入れた『被申立人会社による昭和五二年一月以降の申立外株式会社微生物経済研究所への運営資金拠出停止の根拠について』に関する団体交渉を、申立人組合の団体交渉の相手方ではないとして、拒否してはならない。」との命令に従わなければならないとの決定を求める。

申立の理由

一 救済命令を発するに至つた経過

(一) 申立外総評・全国一般東京地方本部微生研労働組合(以下「組合」という。)は、被申立人森産業株式会社を相手方として申立人委員会に不当労働行為救済申立てを行つた(都労委昭和五二年不第四九号事件)。

(二) 申立人委員会は、その一部を分離し審査の結果、「組合が被申立人に対してなした『被申立人による昭和五二年一月以降の株式会社微生物経済研究所への運営資金拠出停止の根拠について』を議題とする団体交渉の申し入れに対し、被申立人は右団体交渉の相手方ではないとの理由で拒否したが、その理由は正当でない。」と判断して、昭和五四年七月三日付をもつて申立を認容した命令(疎甲第一号証)を発し、この命令書を同月二〇日被申立人に交付した。

二 被申立人は、昭和五四年八月一七日、右救済命令の取消を求める旨の行政訴訟を御庁に提起し、昭和五四年(行ウ)第九九号事件として係属している。

三 右救済命令交付後、被申立人は、組合から再三にわたり、右救済命令に従つて団体交渉に応ずるよう申し入れをうけているにもかかわらず、それを拒否して右救済命令の内容を今日に至るまで履行していない。今後も、右命令の取消を提訴し、さらにその執行停止の申立(御庁昭和五四年(行ク)第六〇号事件)をなし、団体交渉に応ずる気配はない。

四 かかる事態が判決確定に至るまで持続するときは、申立人委員会が折角団体交渉によつて早期に紛争を解決せしめんとする意図に反して、団体交渉はおろか話し合いさえも行われていないという労使による自主的な紛争解決の展望が全くない異常事態が解決されないまま放置され、労使関係は長く不安定な緊張対立状態を続け、組合の組織も日を追つて疲幣弱体化されることは明白である。

五 さらに、右株式会社微生物経済研究所の事実上の倒産により、組合員らは賃金の支払いを受けておらず、この物価高の中で、組合員らは生活を維持することも困難に至るものと思料される。

六 よつて、被申立人がこの訴訟の解決するまで救済命令を履行しないならば、組合ならびに組合員は回復することができない損害をうけることは明らかであり、ひいては労働組合法の立法精神も没却されることになるので、右救済命令については、その履行を右訴訟の終結まで待つことは到底できず、緊急命令を発せらるべきものと思料する。

七 そこで申立人は、昭和五四年九月四日第七六七回公益委員会議において、労働組合法第二七条第八項の規定に基く申立てをなすことを決定した。

よつて、本申立におよんだ次第である。

〔参考資料〕

命令書

(都労委昭和五二年(不)第四九号 昭和五四年七月三日 命令)

申立人 総評・全国一般東京地方本部微生研労働組合外一〇名

被申立人 森産業株式会社

主文

被申立人森産業株式会社は、申立人総評・全国一般東京地方本部微生研労働組合が昭和五二年三月二日以降申し入れた「被申立人会社による昭和五二年一月以降の申立外株式会社微生物経済研究所への運営資金拠出停止の根拠について」に関する団体交渉を、申立人組合の団体交渉の相手方ではないとして、拒否してはならない。

理由

第一認定した事実

一 当事者等

(一) 申立人総評・全国一般東京地方本部微生研労働組合(以下「組合」という。)は、申立外株式会社微生物経済研究所の従業員が昭和五〇年一月二九日結成した労働組合であつて、組合員数は一〇名である。

申立人伊藤裕子(旧姓池田)、同新居崎邦明、同本村紀夫、同林道寛、同本村直也、同小川智恵(旧姓高力)、同鵜川元子、同鬼頭勝利、同宮崎悦子、同玉城昇和は、いずれも申立人組合の組合員である。

(二) 被申立人森産業株式会社(以下「森産業」という。)は、肩書地(編注、群馬県桐生市)に本社を置き、東京都内をはじめ各地に事業所を設け、主として食用茸および栽培用菌種ならびに種駒の製造販売を業とする会社であつて、従業員数は約六五〇名である。

なお、本件申立時の森産業の社長は森喜作であつたが、同人が昭和五二年一〇月二三日死亡したため、現在の社長は森喜美男(当時副社長)である。

(三) 申立外株式会社微生物経済研究所(以下「微生研」という。)は、森産業本社の所在地に登記上の本店を置き、東京都中央区日本橋本町三丁目九番五号共同ビル内に事業所を設け、従業員一〇名をもつて、月刊誌「きのこ」の発刊を業とする会社であつて、同社の社長は、森産業から出向している大間亮二である。

二 微生研の発足

(一) 「きのこ」誌の発刊

森産業の創立者であり、かつ同社の社長であつた森喜作は、我が国の山村にしいたけという換金作物の栽培を普及させた著名な農学博士であつて、森産業の存立は、同人の学問上の研究開発に負うところが大であつた。同人は、かねてよりきのこ栽培関係の啓蒙誌の発刊を志向していたところ、昭和四二年から翌年にかけて、森産業が製造販売した種駒が大量に菌不活着を生じ、森産業は、同社の種駒を使用するしいたけ生産者に対する栽培指導を行う必要に迫られた。これが契機となつて、四四年一〇月森社長は、菌種の学術研究・普及、しいたけ栽培の研究・普及ならびに森産業の販売する菌種の宣伝広告を目的とする月刊誌「きのこ」を創刊した。

この「きのこ」誌の発行は、森喜作個人の事業として行う体裁をとつていたが、そのための事業所は森産業が賃借したものを使用し、編集の費用も森産業が負担していたものであつた。

(二) 微生研の設立

森喜作は、四五年一二月一九日、同人がかつて設立し、その社長に就任していた休眠会社有限会社森農場を有限会社椎茸経済研究所と改め、同社に四六年一月一日から「きのこ」誌の発刊業務を引継がせた。同社は、その後、商号および組織の変更を経て、四九年八月三〇日から現在の微生研となつた。

三 微生研と森産業の関係

(一) 資本関係

微生研の原始出資は、実質的には森喜作の全額負担により行われた。微生研の四九年五月三一日現在の出資者数は一七名であり、そのうちの森喜作、森喜美男ら一二名は、同時に森産業の株主でもあつた。ところが、一年後の五〇年五月三一日現在の微生研の株主は、宮本武士(森産業からの出向社員、のち微生研の代表取締役)、大間亮二(宮本に同じ)、外池壮嘉(微生研従業員のち同社取締役)の三名である。同人らは、上記十七名の出資者には含まれておらず、宮本は森社長から、大間は赤堀貞治(森産業および微生研の監査役)からその旨告知され株主となつたもので、その株式の譲渡人を知らず、その対価も支払つていない。

なお、森産業は、法人として微生研の株式を保有したことはなかつた。

(二) 役員関係

<1> 代表取締役

微生研の代表取締役(社長)は、創立以来五〇年七月三一日まで森喜作であり、ついで宮本武士、五一年一〇月七日からは大間亮二となり現在に至つている。この間、森喜作は、五〇年九月二三日再度同社の代表取締役(会長)に就任したが、五一年一二月二二日辞任し、同時に同社の取締役をも辞任している。

<2> その他の役員

その他の微生研の役員については、森産業の役員と兼務する者が多かつたが、赤堀監査役を除いては、五〇年七月三一日森喜作の微生研社長退任を機に、それ以前の役員のほとんどが退任し、それ以後、森産業の取締役と兼務する者がいなくなつている。

(三) 経営関係

<1> 「きのこ」誌について

微生研の主たる業務は、「きのこ」誌の発刊であるが、「きのこ」誌は、森産業の販売する製品の普及および技術指導ならびに広告宣伝を目的とするものである。このため、同誌の編集会議は、微生研編集部員のみならず、森産業営業関係者、研究員等が参加して行われていた。

<2> しいたけ栽培指導の特質

しいたけ業界では、各社の製品により栽培体系が異なるため、各社が独自の栽培指導誌、研究誌を発刊しているという事情があつて、「きのこ」誌の販路は、おのずから、森産業の種駒を購入する需要者が中心となり、同誌は、実質的にはほとんど森産業に販売されていた。

<3> 事業計画

微生研は、年度当初に事業計画(運営方針と収支予算表)をたて、森産業の承認をうけてきた。そして、微生研の収支は、従前から「きのこ」誌の原価が定価より高く、その差額分を広告料収入で補いきれないという恒常的に欠損の生ずる状況であつたため、この事業計画は、森産業による欠損補填を前提として作成され、森産業もまたこれを是認してきた。

ところが五〇年七月に至り、微生研が従来の方針に基づき作成提出した事業計画に対し、森産業は、「きのこ」誌の森産業売上げ分を半数に減じ、欠損補填金の項目を削除し、替りに微生研の販売拡大努力により収支を均衡させるという微生研にとつてきびしい内容の計画に改めさせた。しかし、現実には微生研の経営内容は従前と変らず、五〇年度決算(五〇年六月~五一年五月)で一、七四三万円の欠損を生じたが、従前同様森産業の資金による補填が行われた。ちなみに、この時期までの微生研の累積欠損は、四、六四二万円であつた。そして、五一年度の微生研の予算は、森産業の支出金として六、八七〇万円(「きのこ」誌代と広告料。五〇年度同様森産業による欠損補填金は計上されていない)が予定されていた。

<4> 経理関係

微生研が直接処理する経理は、小口の収支に限られ、大口の収入(森産業からの誌代・欠損補填金、森産業からの広告料等)、大口の支出(賃金・一時金、印刷代、事業所賃借料、画料、稿料等)に関する経理は、森産業が処理していた。

(四) 人事・労務関係

<1> 採用

微生研は、従業員の採用を独自で行つてきたが、前記事業計画により人件費には一定の枠があつた。さらに被採用者の履歴書あるいはその写しは森産業に送られていた。また、従業員に対する賃金支払い事務が森産業において処理されるため、個々の従業員の賃金額を同社は知つていた。

<2> 組合の結成

四九年秋、微生研において編集長と従業員との間に内紛があり、編集長が退職した。また、その頃、森産業に対し金融筋から経費節減の要請があつた。これらの事情が相まつて、同年末、森喜作は微生研の解散、従業員の解雇を打出したが、従業員が翌五〇年一月二九日申立人組合を結成し、これに抵抗したため、結局、微生研は存続することとなつた。

微生研の解散阻止で意気のあがつた組合は、引き続く労働協約締結のための交渉、あるいは五〇年度、五一年度春闘等の交渉に際し、微生研側交渉員を圧倒し、微生研の労働条件は、森産業のそれを格段に上回るものとなつた。

<3> 労務対策

上記紛争の過程で、当時森産業従業員であつた大間は、自称「労務の経験がある」ことを買われて、森産業社長喜作の命により、単独であるいは微生研社長森喜作と同席して組合との交渉にあたり、その後、五〇年四月一日微生研に出向するに至つたが、以後もその任を続け、五一年一〇月七日から出向のまま同社の社長に就任した。

また、森産業は、五〇年夏ごろ微生研の労務担当者が大間では弱体であるとの判断のもとに、角田某なる労務の専門家を微生研役員として派遣しようとしたが、組合の反対によつて実現しなかつた。

さらに、森産業は、組合の要求を安易に承諾する森喜作を微生研の社長から退任させた。しかし、組合の要求に抗し切れず、五〇年九月二三日同社の会長に就任させる際には、同人を団体交渉に出席させぬよう大間に命じた。また、森産業は、団体交渉に臨むにあたり、微生研側交渉員と打合せて回答内容を指示するなど、微生研が組合との交渉にあたり有利な立場にたてるよう工作を行つた。

四 本件団体交渉拒否事件

(一) 森産業の微生研切離し策

前記のように、五一年一〇月七日に大間が微生研社長に就任するや、森産業は、すでに進めてきていた森産業と微生研との資本・役員・業務等の切離し策をさらに徹底するため、大間社長に対し運営資金拠出の条件として、森社長の微生研取締役辞任、微生研本店の東京への移転、従前森産業が処理してきた微生研の事務の移管等を次々と要求し、大間社長はこれを承諾した(ただし、本店移転の登記は未実施)。

(二) 運営資金拠出の停止

森産業は、五二年一月に入ると、五一年度の微生研への支出予定額六、八七〇万円の残が一五二万円になつたのにかかわらず、それに見合う「きのこ」誌の納入が見込めないとして、前年までの取扱いを変えて、予算を超過する微生研への運営資金拠出を停止した。このため微生研は、三月号以後「きのこ」誌の発刊および同年二月分以降の従業員に対する賃金の支払いが不能となつた。

(三) 本件団体交渉の申し入れ

組合は、それまで直接森産業に対し団体交渉を申し入れたことはなかつたが、この運営資金拠出停止の根拠等に関して、森産業に対し、五二年三月二日、四月一二日、五月一一日、同月一七日と団体交渉を申し入れた。しかし、森産業は、組合の団体交渉の相手方は微生研であつて森産業ではないとして、いずれもこれを拒否している。

第二判断

一 審査の分離について

都労委昭和五二年不第四九号事件の請求する救済内容は、<1>森産業に対する五二年三月二日以降申し入れた「微生研に対する五二年一月以降の運営資金拠出停止の根拠」に関する団体交渉の応諾、<2>申立人組合員に対する五二年二月分以降の賃金支払い等にわたるけれども、当委員会は、五三年一一月一四日上記<1>に関する部分の審査の分離を決定し、当該部分につき審問を終結したものである。

二 当事者の主張

(一) 申立人らの主張は、つぎのとおりである。

森産業は、組合と微生研との間の労働関係上の利害を全面的に支配しているほか、森産業と微生研とは実質的に同一性を具えており、森産業が本件団体交渉に応じないことは正当な理由がなく、不当労働行為である。

(二) 被申立人の主張は、つぎのとおりである。

森産業は、微生研の業務を全く支配しておらず、ことに微生研と組合との労使関係を直接にも間接にも支配していないのであつて、微生研役員に森産業社員が出向して就任していることをもつて、ただちに森産業と組合との間に労使関係が存在することとはならず、本件申立ては却下されるべきである。

三 当委員会の判断

(一) 森産業と微生研との関係について、<1>微生研の発刊する「きのこ」誌が森産業の販売する菌種の宣伝広告をも目的としていたこと、<2>その趣旨にそうよう同誌の編集会議に森産業社員が参加していたこと、<3>同誌は実質的に森産業へ販売されていたこと、<4>両社の社長が同一人であつたほか、役員も共通する者が多かつたこと、<5>微生研の欠損を森産業が補填してきたこと、<6>微生研の主要な経理を森産業が処理していたことは、前記第一の二および三で認定したとおりであつて、両社の関係は、前記切離し策がとられるまではきわめて緊密であつた。

このような両社の関係のなかで、特に注目すべきことは、微生研の収支が発足以来恒常的に欠損を続けていたにもかかわらず、森産業は、かくあることを想定して年度当初の予算にも微生研に対する欠損補填金を計上し、かつ現実にも欠損補填を行い続けて、微生研の存続をはかつてきたことである。このことは、上記の両者の緊密な関係を示す諸事実とあわせ考えると、森産業が「きのこ」誌の発行主体を形式上同社と別にした方が、より同社の営業政策上効果的であるとの判断のもとに、一応別法人の形態をとらせてはいたものの、実質上は、微生研を同社の宣伝・広告を行う一部門的存在として取扱つてきたものと認めるのが相当である。

(二) このような両社の関係は、四九年年末に森産業の企図した微生研解散が、組合の結成、組合の反対という過程を経て挫折した時期を境として、変化が現れてくる。

その一つは、微生研の労働条件が森産業の労働条件を格段に上回るようになつたことであり、他は、森産業の企図により進められた両社の資本・役員・業務等の切離し策により、森産業の出向社員が微生研の社長に就任しているほかは、最終的に、両社の関係が単に「きのこ」誌の売買という取引関係にある別々の法人との外形を呈するに至つたことである。

この格差のある労働条件は、まず、森産業による微生研解散の撤回を表明した一連の紛争処理の団体交渉において、森社長や、当時森産業従業員であつた大間が微生研側交渉員として参加したうえ、決定されたものである。その後も、前記第一の三、(四)、<3>で認定した諸事実から明らかなように、森産業が微生研の労務対策に実質的に関与するなかで、決定されたものである。

一方、森産業は、同社の経費節減を目的とした微生研解散を組合の反対により一旦は断念したものの、同社における微生研解散の必要性が消滅したものではなく、あまつさえ、組合の結成により微生研の労働条件が森産業のそれを格段に上回るようになつたことは、微生研に対し資金援助を行つてきた森産業にとつて看過できぬ事態であつたことは、容易に推認できる。

このように、森産業の微生研切離し策は、組合の結成による微生研解散の挫折、労働条件の格差の発生と密接な関係があつたと認めるのが相当である。

(三) 以上要するに、森産業は、実質的に同社の一部門的存在であつた微生研を、合理化の一環として廃止しようとしたものの組合の抵抗によりこれが挫折したため、組合と対抗するうえで有利な立場にたとうとして、微生研との関係が別個の独立法人間の単なる取引関係にすぎないかのごとき外形を整えたうえで、本件紛争の原因となつた微生研への資金拠出を停止したものである。

かかる事情のもとでは、森産業は、申立人組合との関係において、同社の微生研への資金拠出停止の根拠という事項に関する限りは労働組合法第七条にいう使用者として、申立人組合の申し入れた本件団体交渉に応ずべき地位にあると認めるのが相当である。

第三法律上の根拠

以上の次第であるから、森産業が本件団体交渉を拒否したことは、労働組合法第七条第二号に該当する。よつて、同法第二七条および労働委員会規則第四三条を適用して、主文のとおり命令する。

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